史上最低と言われたYUGOは、復活するのか?
ドイツで活動するセルビア系自動車エンジニアで、セルビアのルーツを持つアレクサンダル・ビェリッチ(Aleksandar Bjelić)氏が、ある悪名高い自動車の復活を狙っています。
ある車とは、旧ユーゴスラビアのメーカーである Zastava Automobiles が製造した小型車、YUGO(ユーゴ)です。
史上最低な車と言われていたYUGO
YUGOはFiat127系の設計を流用して1980年に登場しました。後にアメリカでも販売されましたが、何とその時の新車価格は当時のレートで70万円前後という破格の値段。安いので一瞬爆発的に売れましたが、「安かろ悪かろう」ではおさまらず「安いことを考慮してもなお品質が低い」史上最低な車の評価をされました。
激安価格だったので購入者は多くを求めず、こう思っていました。
- 安いので遅くてもいい
- 安いので装備が最低限でいい
- 安くても毎日普通に移動できればいい
ところが、驚異的な品質の低さに購入者は大きく期待を裏切られます。東欧の社会主義体制下の工場(ザスタバ社)で作られていたユーゴは、組み立て精度が信じられないほど劣悪でした。
- 新車納車時点でドアノブが外れていた
- 走行中にダッシュボードのパーツがポロポロ落ちる
- 手動窓を開けようとしたらハンドルが抜けた
- エンジン不調や雨漏り、電装系トラブル多発
- 推奨されていた時期より早くタイミングベルト切れる
- 新車から数年でフロアが腐食し地面が見える
致命的だたのが1992年の事件です。
ミシガン州のマキナック橋を走行中だった女性のYUGOが、強風に煽られてコントロールを失い、橋の欄干を越えて約45メートル下の湖に転落。運転手していた女性は亡くなってしまいました。車重が軽いだけではなく、空力設計も悪かったことが一因とされ、「風で飛ばされるほど危険な車」という恐怖のイメージが定着してしまいました。
品質がここまで酷くなってしまったのは、設計の古さもありますが、製造現場である工場と、劣悪な労働環境だったと言われています。社会主義体制をとっていたユーゴスラビアでは、工場の評価基準は「いかに高品質な車を作るか」ではなく、「国が決めた生産台数のノルマを達成できるか」でした。
部品が足りなければ、多少形や規格外でも締められればヨシ!ラインを止めることは許されませんでした。労働者も真面目に頑張ろうが、手抜きしようが給料が同じなので、どんどん仕事が雑になりました。組立工場がこの状況なので、部品を納入する下請け工場も体制は同じでした。
故障多発で、ジョークネタにもなる
「取扱説明書の最後のページにはバスの時刻表が載っている」
「YUGOの価値を2倍にする方法は、ガソリンを満タンにすることだ」
(車両がガソリン満タン程度の価値しか無い、と遠回しに言っている)
「YUGOの盗難防止装置は、YUGOのエンブレムだ」
また、アメリカでは月曜日に組み立てられたYUGOは二日酔いの状態で組み立てられているから、金曜日も休み前で仕事に集中していないから一段と品質が酷かった、という都市伝説がありました。
YUGO復活の狙いは?
アレクサンダル・ビェリッチ氏は、なぜYUGO復活を狙って言えるのか気になりますね。セルビアにルーツを持っているからだと思いますが、失われたYUGOを現代に蘇らせたい思いが強いのでしょう。叩かれまくったYUGOは、良くも悪くも認知度はあるので、それを利用しない手は無い、と考えているのかもしれませんね。
アレクサンダル・ビェリッチ氏は既にYUGOの商標を確保していると報じられています。
しかし現実は厳しい
YUGO復活は、クオリティへの期待値が低い状態からのスタートなので「最低限の性能や装備で、普通に乗れる車」であれば、安価であれば市場は受け入れてくれる可能性はあります。
しかし、大手自動車メーカーですら近年の安全規制や環境規制に苦戦しています(特にGSR2)。それを考えると実現させるまでの道のりはかなり厳しいと思います。特に自動車の量産は、軌道に乗せるまでに莫大な資金が必要。Teslaですら2008年に資金不足であと数日で倒産する、という状況に陥ったことがあります。
セルビア政府の支援も考えられますが、セルビアの国家予算で自動車メーカーを新設するほどの余裕があるのか疑問です。となると、欧州進出の足がかりを欲しがる中国資本の企業が食指を動かすかどうか…。
好きな車と、暮らそう。
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